糖尿病のリスク・合併症
について
糖尿病になると、私たちの身体はどうなってしまうのでしょうか?
血糖値が高いままの生活を続けると、血管がもろく、ボロボロになってしまう、いわゆる血管病になり、ほぼ全身の臓器・組織が何らかの障害をうけます。なかでも糖尿病に特有の合併症として網膜症、腎症、神経障害があり、糖尿病の3大合併症といわれます。
網膜症は失明の原因疾患として緑内障に次いで第2位、腎症は人工透析導入の原因疾患として第1位を占めています。神経障害は足のしびれや痛み、発汗異常、排尿・便通異常などのさまざまな症状を引き起こし、生活の質を下げてしまいます。また神経障害がすすむと足先の感覚が鈍くなり、やけどやケガをしても気付かないことがあります。これに動脈硬化(足の血流が低下する)や感染が加わると足の病気(潰瘍や壊疽)が起こりやすくなり、切断まで至ることも少なくありません。交通事故などの外傷を別にすると、足切断の原因の第1位は糖尿病です。さらに、糖尿病患者では心臓や脳を栄養とする血管にも動脈硬化が進行しており、心筋梗塞や脳梗塞の発症頻度が高くなります。心筋梗塞の約60%に糖尿病もしくは耐糖能異常を合併しています。
このように、糖尿病は全身の臓器を蝕む病気と言えます。その結果、図の通り、病気を若いうちに発症することとなり、健康寿命は15年程度も短くなります。ですので、このような待ち構える未来をコントロールするために、日々の血糖コントロールをしていく意味があるのです。
Booth GL.et.al.:Lancet,368,29,2006
合併症について
それでは主な合併症について見ていきましょう。
心筋梗塞
心筋梗塞とは、心臓に酸素や栄養を供給している冠動脈が狭くなり、血液の流れがうまくいかなくなり酸素が供給されなくなることで、心臓の筋肉がダメージを受ける病気です。動脈硬化の進んだ高齢の男性に多く、動脈硬化を引き起こす危険因子(糖尿病、高血圧、脂質異常症、喫煙、高尿酸血症、男性、60歳以上など)が多ければ多いほど起きやすいです。わが国の死亡順位の第2位は心臓病ですが、その中でも急性心筋梗塞の死亡率は高く約30%で、死亡例の約半数は発症数時間以内に集中していて、そのほとんどが重症不整脈によるものですが、心筋梗塞の領域が全体の40%を越えると心原性ショック(生命を維持するだけの心臓機能がない状態)に陥り、死亡率はさらに高率となります。
急性心筋梗塞の一般的な症状は、
- 突然、前胸部に激しい痛みがおこり、15分以上続く
- 胸痛と同時に、動悸、息切れ、冷汗、めまい、脱力感を伴う
- 頸部や背部の痛み、奥歯の痛み、顔面蒼白、冷汗、吐き気など
ですが、糖尿病の患者さんは痛みを感じにくくなっているので、痛みを覚えないケースもあります(無痛性心筋梗塞)。そのため重症化するまで病院に来られないことがあり、結果として死亡率は高くなります。
心筋梗塞や狭心症といった冠動脈疾患患者さんのうち、約60%は糖尿病か耐糖能異常を持っており、そのため冠動脈疾患にかかった方は必ず糖尿病があるかどうかを検査する必要がありますし、その逆の糖尿病の方には冠動脈疾患の検査を必ず実施する必要があります。当院は糖尿病専門施設であり、かつ循環器専門施設でもありますので、この分野は専門領域なので何なりとご相談下さい。
3本ある冠動脈のうち、左前下行枝が閉塞して血液の流れが悪くなった急性心筋梗塞です。
風船やステントを入れて血流を改善させ救命します。
急性心筋梗塞では2週間前後の入院を要し、その後心臓リハビリテーションなどを実施して再発予防を行います。
脳梗塞
脳の血管が詰まってしまい、詰まった箇所の先に血液が供給されなくなってしまうのが脳梗塞です。そして閉塞を来たした場所に対応して、様々な症状が引き起こされます。半身の麻痺や言葉の障害などが、その代表例です。半身が麻痺となりますと、食事、排泄、入浴といった、これまでは当たり前の日常生活を一人では行えなくなります。発症した時点から突然、一人では何もできなくなってしまい、介護を受ける人生が待っています。
それだけに脳梗塞は予防が重要で、糖尿病の患者さんは血糖値をしっかり管理し、悪化させないことが大切です。
日本人において、糖尿病の患者さんが脳梗塞となるリスクは男性で2.2倍、女性では3.6倍にもなることが分かっています。脳梗塞は、加齢、高血圧、糖尿病、脂質異常症、慢性腎臓病、運動不足、喫煙、肥満、家族歴、などが危険因子となりますが、その中でも特に「糖尿病」と「高血圧」が組み合わさると高率に発症してしまいますので、きちんとした管理で予防を心掛けることが重要です。
右中大脳動脈が閉塞しています。梗塞の程度により症状はさまざまですが何らかの介護なしでは生活できないことがほとんどです。
つまりそうならないように事前に管理を行う(=血糖管理を中心とした危険因子の是正)が重要なのです。
末梢動脈性疾患(閉塞性動脈硬化症)
足の血管の動脈硬化が進行し、動脈の狭窄や閉塞によって血流が悪化することによって引き起こされます。足やふくらはぎが痛くなって運動ができない、休み休みでないと歩けない(間欠性はこう)などの症状が現れ、生活・行動範囲も制限されてきます。さらに症状が進むと、潰瘍や壊疽(えそ)を起こしてしまい、足を切断しなければならなくなるケースも出てきます。足を切断した後の1年死亡率は44%と言われており、糖尿病においては足の評価は極めて重要です。当院では1年に1回は足の動脈硬化の評価を行い(ABI検査)、悪化しないように予防に努めています。また当院には、足のチェックを行う(フットケア)専門の看護師が3名在籍していますので、爪の処置を含め足の問題点を早い段階で見つけ出し増悪しないように管理をしています。
左足の付け根の血管が詰まっているのが分かります。歩いたら痛みが出るので歩かないようになります。このように完全に血管が詰まってしまっても、現在はカテーテルで治療ができるようになりましたので、切断まで至るケースは少なくなりました。
糖尿病は下肢切断へのリスクの第1位なのです。同時にタバコを吸っていたら、更にその率が上がります。
細小血管障害
細小血管障害は「網膜症」「神経障害」「腎症」で三大合併症とも呼ばれております。
糖尿病網膜症
目の内側には、網膜(目から入った光が像を結ぶ場所)という膜状の組織があり、光や色を感じる神経細胞が敷きつめられています。高血糖の状態が長い期間にわたって続くと、ここに張り巡らされた細い血管が動脈硬化による損傷を受け、血流が悪くなって栄養と酸素が十分に供給されず、視力が低下してきます。
糖尿病網膜症には、症状はないが網膜にむくみや出血が見られる「単純網膜症」、網膜の血流が低下する「増殖前網膜症」、自覚症状が出現し進行すると失明の危険もある「増殖網膜症」の3段階に分けられます。
それぞれの段階によって見られる病態は、表の通りです。
単純網膜症 | 増殖前網膜症 | 増殖網膜症 | |
---|---|---|---|
病態 | 網膜のむくみ、出血 | 網膜の虚血 (血液が足りない状態) |
硝子体への血管新生 |
糖尿病性網膜症は、「かなり進行するまでは自覚症状がない」という点がポイントとなり、特に長期間にわたって糖尿病を放置している患者さんにみられる症状です。自覚症状がない分、患者さん本人にも深刻さが伝わりにくいのですが、糖尿病患者さんの約40%は網膜症を発症し、毎年3,000人以上が糖尿病網膜症によって失明しているのが現状です(失明の原因第2位)。ですので、「まだちゃんと見えているから大丈夫」といった自己判断は禁物です。糖尿病の患者さんは、目に特別な異常を感じなくても定期的に眼科を受診し、検査を受ける必要があることがお分かりいただけたかと思います。
糖尿病神経障害
高血糖により、神経への栄養血管が動脈硬化をおこし栄養不足で神経はダメージを受けます。神経は先に行けばいくほど血管が細くなり栄養や血流が届きにくくなり、一般的に手の先や足の先から症状が現れます。症状は足先のしびれや冷え、足の裏に紙が貼りついたような感覚などです。また痛みに対して反応が鈍くなるため、足に傷が出来ても気付きにくく、治療が手遅れになるケースも多くあります。
他には自律神経もダメージを受けます。自律神経は本人の意識に関係なく心臓の動きや血圧、体温や腸の動きのバランスをとっていますが、その調節がうまくいかなくなると、血圧の乱高下や立ちくらみ、便秘、下痢、発汗異常などさまざまな体調の変化を引き起こします。また男性では勃起不全の原因にもなります。
糖尿病神経障害の難しい点は症状を劇的に改善させることが難しいことです。治療の基本は普段の血糖コントロールとその他のリスク(高血圧、たばこなど)を同時に治療することですが、症状を早期に改善させることは難しいのが現状です。四六時中、足がしびれている不快感は想像を絶しますが、そうならないために普段から血糖管理をきちんとすることが求められる疾患です。
糖尿病腎症
腎臓は、背中に左右対称に1個ずつある臓器で、握りこぶしくらいの大きさで、そら豆のような形をしています。身体にたまった老廃物や塩分をおしっことして身体の外に出しています。またそれ以外に、血圧をコントロールしたり、血液を作ったり(貧血を防ぐ)、体内の水分量をコントロールしたり、と様々な役目を果たしているとても大事な臓器です。
糖尿病で高血糖状態が続くと、血管が硬くなる(動脈硬化)などのダメージを受けるため、老廃物を身体の外に出す働きが弱くなります。その結果、尿中にタンパク質が漏れ出したり、身体がむくんできたりします。「尿」は、身体にとって不要な毒素を身体の外に出すのが役割です。タンパク質は食事に含まれる栄養素であり、本来尿から出ることはありません。タンパク尿が増えるということは、腎機能が悪化している、ということであり、血糖管理のみならず血圧管理、水分管理など、さまざまな制限が必要となってきます。
糖尿病腎症のステージは
動脈硬化を反映している!!
糖尿病腎症はタンパク尿の重症度により第1期~第5期まであります。 下記の表の通り、第1期が正常、第2期が早期腎症でわずかにタンパク尿(微量アルブミン尿)が出始める時期、第3期が顕性腎症で大量のタンパク尿が出現、第4期はいよいよ腎機能が低下し人工透析が近づき始め、第5期が最重症の人工透析の時期となります。第1期、第2期では自覚症状はほとんどありません。このため、尿の検査をしないと判断できません。第3期では、むくみ・息切れ・胸苦しさ・食欲不振・満腹感などの自覚症状があり、第4期・第5期では、顔色が悪い・易労感・嘔気あるいは嘔吐・筋肉の強直・つりやすい・手足のしびれや痛みなどの自覚症状があります。第3期以降では、進行を遅らせることはできても、良い状態に戻すことはできないため、第2期の段階までで糖尿病腎症をみつける必要があります。
第5期(透析療法)の5年生存率は55%というデータもありますので、いかにステージを悪化させないか、が初期の段階から重要なポイントになります。どうして5年生存率が55%と悪いのか(胃癌とほぼ同じです)。それには理由があります。
タンパク尿が増えてくるということは腎臓の機能が落ちてきていることを意味します。糖尿病は全身病ですので、全ての臓器が同じように高血糖となっていることから、「腎臓が悪い=全部の臓器が悪い」と言えます。つまり、おしっこを見ると、動脈硬化の進行具合が分かるとも言えます!「おしっこの検査」は痛みを伴わず簡単に検査をできて、かつ、全身の動脈硬化の程度を確認できるため、糖尿病診療には欠かせない検査なのです。
当院では糖尿病腎症が進んでいる患者さん(=つまり動脈硬化が進んでいる患者さん)には全例、心臓の検査をしています。それは「腎臓」で動脈硬化が進んでいるということは、「心臓」でも同様に動脈硬化が進んでいることを意味しますし、実際半分以上の患者さんに心臓病が見つかります。ただ問題なのは、ほとんどが症状がないという点です。糖尿病の患者さんは症状がなくても安心できないということがお分かりいただけると思います。
人工透析とは?
人工透析は1回4時間、週に3回行います。正常の腎臓では体に溜まった老廃物を24時間、おしっこに出してくれていますが、糖尿病腎症第5期では老廃物を出しきれなくなるため、人工透析を行い老廃物を透析によって体外に出し、生命を維持します。シャントという血管を使って太い点滴を2本とって治療を行いますので、かなり身体への負担が大きく、また週に3回の治療は日常生活にも大きな影響を及ぼします。生命を維持するために人工透析は必要なので、例えば2泊3日以上の旅行では旅先で透析をしながら旅行をしないといけなくなります。
人工透析は一度開始したら、腎臓移植をしない限り、一生していくこととなります。ですので、普段の血糖コントロールをいい状態に維持して透析にならないように管理をしていくことが必要です。また人工透析の患者さんは脳血管疾患を高率に起こし得ますので、人工透析となっても血糖管理は必要です。ただ使用できるお薬がかなり限定されます。人工透析患者さんの第一選択はインスリン注射となりますが、透析日、非透析日でインスリンの微調整が必要ですので、糖尿病専門医が対応すべき疾患と考えます。
一般社団法人日本透析医学会 わが国の慢性透析療法の現況(2017年12月31日現在)
図の通り、末期腎不全による透析療法の原因疾患は糖尿病が43%と多くを占めており、いかに糖尿病を未然に管理するかがポイントとなりますし、もちろん他の疾患も早期に発見して治療介入することが重要となります。
認知症
高血糖により脳の血管が障害されると、脳梗塞が原因の認知症のみならずアルツハイマー型認知症も増加します。HbA1cが上がると、認知機能が悪くなるというデータがあります。上記のたくさんの合併症予防だけでなく、認知機能の維持の点からも、血糖コントロールは重要です。もし、糖尿病の患者さんが認知症になると、お薬の管理やインスリン注射の管理を患者さん自身で行うのは難しくなりますので、家族の協力が不可欠となります。このように管理が難しくなるため、低血糖を起こさないように薬剤を選択したり、目標値を高めに設定するなどの配慮が必要となります。
また低血糖が多くなると認知症発症が増えるというデータもあり、血糖管理と認知症は強い関連があり、適切な血糖管理が求められます。
Neurology 77;1126-1134,2011
糖尿病の患者さんは、正常の方と比較して2.1倍も、認知症になりやすい。
JAMA 301; 1565-1572,2009
低血糖が多ければ多いほど、ブドウ糖不足が脳に影響して認知機能を低下させうる。
糖尿病足病変
上記の「神経障害」で足の先の感覚が鈍くなり、「末梢動脈性疾患」で足の血流障害が起こり、そして高血糖により免疫力が低下するために、人の足は細菌感染が起こりやすくなります。糖尿病の合併症である糖尿病網膜症などにより視力が低下してくると、足の傷などに気づきにくく、放置したまま潰瘍(かいよう)や壊疽(えそ)などの重大な病変(糖尿病足病変)に進行してしまうことがあります。「痛い!」とか「しびれる!」などの症状がなかったら、足の先や足の裏を見ることはありませんよね?糖尿病の患者さんは、感覚が鈍くなり症状が出ないので、意識をして足の手入れ(フットケア)をすることが、大切な足を守るためには必要なのです。糖尿病が原因で足を切断することになったら、車椅子生活になります。2足歩行ができないと更に健康寿命が低下し厳しい将来が待っていることに繋がります。
当院では、足のチェックを行う(フットケア)専門の看護師が3名在籍していますので、爪の処置を含め足の問題点を早い段階で見つけ出し増悪しないように管理をし、起こりうる合併症を可能な限り予防し、患者さんの健康寿命を延ばすお手伝いをして参ります。
簡単!糖尿病の危険度
セルフチェックリスト
- 40歳以上の男性、または50歳以上の女性
- 家族や親戚に糖尿病の人がいる
- 太っている(BMIが25以上)、または最近体重が増えてきた
※ BMI=体重kg ÷ (身長m)2 - 喉が異常に乾く
- 食べても食べてもやせる、最近急にやせてきた
- 健康診断で、尿に糖が出ていると指摘された
- 尿の臭いが気になる
- 残尿感がある
- 最近、尿の回数が増え、夜中にトイレに行くことが増えた
- 全身がだるい、疲れやすい
- 手足がむくむ
- 夕ご飯を食べた後にすぐ寝てしまう
- 外食が多い
- 1食抜いて、次でどか食いをしてしまう
- 甘いお菓子やジュースをよく口にする
- 運動の習慣がなく、車に乗る機会が多い
- タバコを吸っている
- ストレスの多い仕事をしている
5つ以上当てはまる場合、糖尿病のリスクが高い状態です!お早目に専門の医療機関を受診ください。