心臓病による死亡原因の
多くは心筋梗塞
日本人の死亡原因の第二位にあげられている心臓疾患の中でも、急激な発症で生命を脅かすのが心筋梗塞です。病態としては前述の「狭心症」の程度をさらに酷くしたものです。60代以降の男性に多く発症し、突然激しい胸の痛みに襲われ、「火箸で刺されたような痛み」「えぐられるような痛み」と表現する人もいるほどの苦しみを伴います。医療技術の進歩に伴い、専門病院に救急入院した急性心筋梗塞患者の死亡率は年々低下していますが、病院まで到達できない方(院外死)の死亡率も含めると20~30%とも言われ、突然死の主な要因となります。
5分でわかる 心筋梗塞
~循環器専門医が解説~
冠動脈が詰まることで
心筋が壊死する病気です
心臓を取り巻いている冠動脈は心臓に血液と酸素を送っています。何らかの要因で冠動脈に傷がつき、そこから血管の壁の中にコレステロールなどが沈着するとプラークという瘤(コブ)が形成されます。そしてこのプラークが破裂すると、血小板などが集まり血の塊をつくってしまいます。
血の塊により血管(血液の通り道)が塞がれ、心筋に血液を送ることができません。そのため心筋は酸素不足となり、心筋細胞が壊死を起こしてしまいます。これが心筋梗塞です。
狭心症と心筋梗塞の病態は動脈硬化による血流不足であることは同じですが、少ないながらも血流が保たれている狭心症と、血流がなくなってしまった心筋梗塞では、重症度が全く異なります。狭心症で命を落とすことは稀ですが、心筋梗塞は命に関わる病気です。血流がなくなると、心臓の細胞は酸素不足によって死んでしまいます。その結果、心筋梗塞では、心臓のポンプ機能不全による心原性ショックを起こしたり、命に関わる重症の不整脈が発生したり、心臓が破裂するなどし、命を落とす合併症が多く起こります。私たち循環器専門医は、心筋梗塞を起こしてしまった患者さんの命を全力で救うことは当然ですが、心筋梗塞を起こさぬように普段からの原因となる基礎疾患の管理(高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙など)をしていくことにも注力しています。
心筋梗塞の原因は、動脈硬化
原因は狭心症と同じく動脈硬化です。冠動脈の壁にコレステロールなどが沈着すると、こぶのように盛り上がったプラーク:粥腫(じゅくしゅ)ができます。薄い膜で覆われている粥腫は破れやすく、傷付くとその回りに血栓ができ、さらに血栓が大きくなると冠動脈を塞いでしまい血液を堰き止めてしまいます。そのため酸素不足となった心筋細胞が壊死を起こすのです。
狭心症から心筋梗塞に移行することがあります。心筋梗塞の発作を起こす3〜4週間前に狭心症の発作を起こした人も多いと言います。
動脈硬化が出来上がるまで
血管の内膜にコレステロールを中心としたプラークが溜まっていき、こぶとなって血管の内側に盛り上がることで、血流障害を起こします。動脈硬化は、加齢により誰でも進んでいきますが、下の図のように、糖尿病、高血圧、脂質異常症、肥満などの生活習慣病を患っていたり、運動不足や喫煙習慣などによって、動脈硬化の進展速度を速めてしまいます。
1健康な状態の血管
血流を妨げることなく、生命活動に必要な酸素や栄養を送り届けられる。
2原因と発症
- 加齢
- 運動不足
- 喫煙
- 肥満
- 食生活の乱れ
- 脂質異常症
- 糖尿
- 高血圧血管の炎症
3動脈硬化
血管の内膜にコレステロールを中心としたプラークが溜まっていき、血管が詰まったり、血管の構造が脆くなった状態。血流障害による様々な悪影響が生じます。
自覚症状
★20分以上持続する激しい胸の痛み★
- 冷汗(痛みによる精神的緊張により発汗)
- 胸痛(前胸部の締め付けられる、焼けるような痛み。ニトロが無効である)
- 悪心、嘔吐
- 放散痛(上腕、左肩、顎などに放散する痛み)
- 呼吸困難
20分以上持続する。今までに経験のない症状の苦しさ。
発作後、数時間経つと痛みが引いていくこともあります。これは発作が治まったのではなく、心筋組織の壊死が進み痛みの感覚がなくなったためです。心筋梗塞は発作と同時に細胞の壊死が始まり、心臓機能の低下が進行することで心不全を起こします。そのまま壊死の範囲が広がると呼吸困難や血圧低下、意識障害に陥り、場合によっては死に至ることさえあります。一旦症状がなくなっても、上記のような症状を自覚した場合には心臓の専門病院を受診して下さい。
急性心筋梗塞の検査について
採血
血流不足により心臓の筋肉(心筋)が壊死し始めると、心筋の中に存在するたんぱく質が血液中に漏れ出します。主な項目としては、ミオグロビン、CK-MB、トロポニンIなどがあます。これらの数値が高ければ高いようほど、心臓はダメージを受けていると判断できます。
心電図検査
急性心筋梗塞に特徴的な心電図変化(ST変化)を捉えます。発症早期では、目立った異常を認めないこともありますが、典型的な症状が持続し、心筋梗塞を疑う場合には、少し時間をおいてから再度検査をすることで明確になることもあります。
心臓エコー検査
心臓エコー検査では、心臓の動きや、血流が正常に流れているかをみることができます。心臓のどの部位の動きが低下しているかを知ることで、どの冠動脈に異常が生じているかを判断したり、心筋梗塞による合併症である心不全の程度を把握するなど、治療方針を決定するために必須の検査です。
胸部レントゲン検査
心筋梗塞では一部の心臓が突如動かなくなってしまうため、身体が必要とする十分な血液を供給できなくなる「心不全」を起こします。また合併症の弁膜症も起こし得るため、レントゲン検査で心不全の状態を確認します。あまりに状態が悪く、急変する可能性を疑うときには、補助循環生命装置(人工心肺)を、身体に挿入して生命を維持することもあります。
急性心筋梗塞の治療方法
「急性心筋梗塞」は非常に危険な病気ですので、一秒でも早く、詰まった心臓の血管の血液の流れを取り戻さなければなりません。亡くなる方の半数以上は発症後1時間以内に心室細動という不整脈で命を落とします。そのため、発症後は可能な限り早く、緊急心臓カテーテル治療を行い血液の流れを取り戻します。その後集中治療室で管理を行い、救命に努めます。ダメージを受けた心臓がいきなり元通りの生活に戻るには負担が大きいので、薬物治療や心臓リハビリテーションを実施して徐々に心臓の状態を元に近づける治療をしていきます。
血栓溶解療法
血栓を溶かし冠動脈の血流を回復させるのが血栓溶解療法です。現在では、日本の多くの病院では、この血栓溶解療法ではなく心臓カテーテル治療が選択されています。これはカテーテル治療の方が成功率が高く確実に再開通できるからです。
心臓カテーテル治療
心臓カテーテル治療は、狭心症や心筋梗塞により、心臓に血液を供給している冠動脈の中で、細くなっている(また詰まっている)場所をカテーテルによって治療し、血流を取り戻す手術です。
1カテーテルの挿入
手首もしくは足の付け根から、カテーテルという細い管を血管に挿入し、心臓の血管(冠動脈)まで進めます。
2血管が細くなっている場所を確認
血管に造影剤を流し、X線撮影をして、血管が細くなっている個所を確認します。
3狭くなっている個所を広げる
細くなっている場所が確認できたら、カテーテルの先端につけた風船を膨らませて血管を押し拡げます。その後、拡げた血管が縮んでこないように、ステントという金属の網を血管に留置します。
4カテーテルを抜く
カテーテルを抜いて、挿入部の止血を行って治療は終了です。
治療時間は、1~2時間です。身体に大きな傷はできず、カテーテルの入る2mm程度の傷ができる程度ですみます。
治療後は、血液をサラサラにするお薬を飲み続けていただく必要があり、出血等に注意する必要はありますが、基本的に健康時と同じ生活を送ることが可能となります。
また、再発予防のため、禁煙、食生活や運動習慣など日常生活の見直しを図ることが重要です。狭心症、心筋梗塞は原因である生活習慣(糖尿病、脂質異常症、高血圧など)の是正をすることが再発予防には必須です。ですので、心臓カテーテル治療をしたから全ておしまい、ということはなく、再発予防のために「原因疾患の治療の始まり」とお考え下さい。
冠動脈バイパス術
狭心症や心筋梗塞により、心臓に血液を供給している冠動脈の中で、細くなってしまった(また詰まってしまった)場所を飛び越えて、血液が流れるバイパス(迂回路)を作る手術です。2012年に上皇陛下がお受けになられた手術として有名です。
1バイパスに用いる血管を
採取します
全身麻酔の後、バイパスに用いる血管を胸や胃、足などから採取します。
2バイパス手術を行います
胸の中央の骨を切開し、心臓を露出させます。
手術は、1.心臓を止めて人工心肺を用いる方法と、2.心臓を動かしたまま行う方法の2パターンがあり、個々の病態や手術リスクに応じて使い分けられます。心臓を動かしたまま行う手術は難易度が高いのですが、手術する先生方の技術向上で最近はもっぱら、心臓を動かしたまま行うのが通常です。
3胸を閉じて手術が終了します
手術時間はつなぐ血管の数にもよりますが、約3~5時間程度です。
4出来るだけ早い時期から
リハビリが始まります
手術当日には麻酔から覚めて、翌日からリハビリが始まります。
入院期間は2週間程度が目安となります。
5退院後は転倒などに注意します
バイパス術後は胸の骨が骨折している状態で、胸の骨が癒合するまでには1~3カ月を要します。上半身を大きく捻じる動作(ゴルフなど)や、上半身に大きな力の加わる動作、転倒などに注意をして過ごす必要があります。
カテーテル治療と同様に、血管が細くなった原因を取り除いたわけではありませんので、再発予防のため、禁煙、食生活や運動習慣など日常生活の見直しを図ることが重要です。狭心症、心筋梗塞は原因である生活習慣(糖尿病、脂質異常症、高血圧など)の是正をすることが再発予防には必須です。ですので、心臓バイパス手術をしたから全ておしまい、ということはなく、再発予防のために「原因疾患の治療の始まり」とお考え下さい。
心臓リハビリテーション
心筋梗塞の治療では、血栓で塞がった血管をカテーテルで広げたり、バイパス手術で血流の回り道をつくったりすることで生命の危機を脱します。しかしこれらの治療は、心筋梗塞の原因である動脈硬化そのものを解消したわけではありません。動脈硬化にいたる要因を管理しなければ、また別の場所で心筋梗塞が生じてしまいかねない状況に変わりはありません。
そこで動脈硬化を引き起こす生活習慣の改善、血の塊ができないようにするためのお薬の内服、適度な運動といった患者さんご自身の力も、「良好な心不全管理」には非常に重要なポイントとなってきます。
これらのポイントを全て網羅できるシステムが心臓リハビリテーションです。生命予後改善に必要不可欠な血管機能や骨格筋機能の改善のための適切な運動療法を行いつつ、内服管理状況や、食事摂取状況、体調の小さな変化を把握することなど、様々な方面から医学的アプローチを行っていきます。
慢性心不全の治療ガイドラインにおいても、心臓リハビリテーションの有効性は最高ランクに位置付けられています。
冠動脈疾患患者に対する
心臓リハビリの予後改善効果
心筋梗塞と診断された後の、
生活上の注意点についての
まとめ
- 内服薬を確実に服用すること
- 冠危険因子の改善
- 適度な運動を心がけること
(心臓リハビリテーションの活用)
「冠危険因子」とは、心臓の血管の動脈硬化を進める危険性のある因子のことで、一般的には高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、高尿酸血症、男性、65歳以上などが挙げられます。最後の2つ(男性・65歳以上)はコントロールできませんので、コントロールできるはじめの5つをコントロールすることが重要となってきます。生活習慣によるものですので、見直しを行い、心筋梗塞が再発しないように改善をすることが重要です。ただ長年の生活習慣を変えることは簡単ではないので、我々専門スタッフと一緒に力を合わせて正しい道に近づけていきましょう!
心臓の病気には運動を控えた方がいいと誤解している人も多いのですが、ウォーキングなど軽い運動は、血流を良くしたり、血管をしなやかにしたりする効果があります。自分に適した運動は何か、心臓リハビリテーションで体感していきましょう。